薬剤の相乗効果をビッグデータで予測、従来手法より最大170%精度向上 日本の共同研究グループ
日本の研究グループが、疾患の治療効果を増強する薬剤の組み合わせを様々なビッグデータから論理的に予測できる新しい計算手法を開発した。がんを含む複数の疾患において、従来手法と比べ高い精度で薬剤組み合わせを予測できることが示されたという。
ネットワーク科学のアルゴリズムで遺伝子発現量の計算に成功
研究成果を発表したのは、九州工業大学大学院情報工学研究院の飯田緑 准教授、徳島大学大学院医歯薬学研究部の合田光寛 准教授・石澤啓介 教授、名古屋大学大学院情報学研究科の山西芳裕 教授、産業技術総合研究所 安全科学研究部門の竹下潤一 主任研究員らの共同研究グループ。
薬剤併用療法は2種類以上の薬剤を組み合わせて行う治療法であり、単剤療法と比較して、より高い有効性を発揮したり、個々の薬剤の投与量を低減することができ、現在でも、特にがんや高血圧症、心血管疾患、神経疾患、自己免疫疾患などのさまざまな複合疾患に対して実施されている。今回、研究グループでは先行研究で示された課題である複数疾患に対するより汎用的、かつ精度の高い予測手法の確立に取り組んだ。
まず、ヒトの生体分子間相互作用において、疾患に関連するタンパク質群(疾患モジュール)と薬剤応答に関連するタンパク質群(薬剤モジュール)を同定した(図 1 STEP1)。さらに、生体分子間相互作用ネットワークにおける疾患―薬剤モジュール間の距離と薬剤―薬剤モジュール間の距離を計算し、疾患と薬剤ペアの細胞内での距離関係と位置関係を数値化した(図 1 STEP2)。また、疾患モジュールと薬剤モジュールで重複するタンパク質を対象に、それらのタンパク質をコードする遺伝子の遺伝子発現量相関を計算した(図 1STEP3)。モジュール間で重複するタンパク質はほとんどなく、遺伝子発現量の相関が計算できない課題に対して、研究グループは、ネットワーク伝播と呼ばれるネットワーク科学のアルゴリズムを用い、疾患モジュール・薬剤モジュールそれぞれに関連するタンパク質の情報を生体分子間相互作用ネットワーク上で伝播させることで、疾患モジュールと薬剤モジュールで重複するタンパク質の数を増加させ、モジュール間の遺伝子発現量相関の計算を可能とすることに成功した。その結果、細胞内における疾患と薬剤の位置関係、距離関係、相関関係の情報を統合した予測スコアを構築、相乗効果のある薬剤の組み合わせを予測する計算手法の開発につなげた(図 1 予測スコアの構築)。
次に、1,488 薬剤(1,106,328 の薬剤ペア)から、急性骨髄性白血病、慢性骨髄性白血病、大腸がん、喘息、二型糖尿病、高血圧症の 6 つの疾患に対する相乗効果のある薬剤の組み合わせの予測を行い、既知の組み合わせの再現という視点から精度を従来手法と比較した。予測精度は AUC(Area Under the Curve、1 に近いほど予測精度が良いことを示す)で評価した。この結果、提案手法の予測精度は0.605~0.929 となり、従来のシングルオミックス情報のみを用いる手法よりも、平均で約 58%、最高で約170%の予測精度の向上が見られた(表1)。
さらに、新規の薬剤組み合わせを発見するため、提案手法を用い慢性骨髄性白血病に対して相乗効果が高い薬剤ペアの予測を行った(表2)。その結果、ミトキサントロンとカプサイシンの組み合わせなどが新規に予測された。新規に予測された薬剤ペアの慢性骨髄性白血病細胞株に対する抗がん作用を徳島大の研究チームが細胞実験により検証した結果、実験に供した 17 の薬剤ペアのうち、13 薬剤ペアで相乗的な抗がん効果が確認された(表2)。
最後に、相乗効果が発揮された分子メカニズムを理解するため、最上位に予測された薬剤ペアであるミトキサントロンとカプサイシンを慢性骨髄性白血病細胞株に投与した時の、トランスクリプトーム解析を行った(図2)。この結果、カプサイシンとミトキサントロンを組み合わせて投与した時のみ、Ras1シグナル伝達経路関連遺 伝子群(THBS1, RASGRP3, PDGFB)の遺伝子発現が顕著に上昇していた(図2 上)。Ras1シグナル伝達経路は白血球の遊走や腫瘍の進行に重要な役割を持つことが明らかとなっているシグナル伝達経路で、これらの遺伝子の上流解析を行ったところ、転写因子SCL (stem cellleukemia gene) が3つの遺伝子の発現制御に関与することが明らかとなった。これらのことから、カプサイシンとミトキサントロンという2つの薬剤は、転写因子SCLを介してRap1シグナル伝達経路関連遺伝子発現上昇を引き起こし、慢性骨髄性白血病細胞株の増殖を強く抑制したと考えられた(図2 下)。
研究グループでは、今回開発した計算手法は多様な視点の生命情報を用いる点が特長であり、今後より多くの情報を加えることで精度の向上が見込まれるとした。さらに、副作用に焦点を当て予測手法を構築することも可能であり、将来的に、治療効果と副作用のどちらも予測し、治療効果が高く副作用が低い薬剤の組み合わせを予測する手法も開発する予定だとしている。