[the unexplored]#1-ICTのリアルワールドへのダイブ、始まる
団塊の世代が後期高齢者となる2025年。その年には日本全体の高齢化率は30%を突破、さらに都市部での後期高齢者の割合は急激に増え、地域によっては対2010年との比較で最大2倍の増加率になると予測されている(※1)。ジェットコースターのような急激な「斜陽」に、政府はデータ利活用を前提とする効率的な保健医療、介護で立ち向かおうと、矢継ぎ早に政策を繰り出し始めた。その中核となる考え方はICTの投入であることはご存知の通りだが、しかし、データ収集と利活用、ロボットやIoTの投入といった具体策のほぼすべてが、日本ではまだ成功事例を生み出していない未踏の領域。そして同時に、大げさではなく日本がこれから生き延びるためには絶対に失敗の許されない、ミッションクリティカルな領域だ。Med IT Techは、この未踏の領域に飛び込もうとする医療、介護分野の先駆者たちを取り上げる新企画『the unexplored』を起ち上げ、不定期シリーズとして連載する。
※1 http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/dl/link1-1.pdf
初回は先日コラボレーションが発表された、シェアメディカルの峯代表取締役と医療法人社団悠翔会の佐々木淳理事長・診療部長との対談をお届けする。実は両者はあるメディアで編集者とコラムニストという立場で、医療の未来について語り合ってきた間柄。セキュアな医療者専用メッセージングサービス『メディライン』の悠翔会への導入は、単なる導入事例という枠を越え、在宅医療現場という「リアルワールド」を、ICTで如何に効率化、生産性向上を実現するかという未踏の挑戦でもある。
(写真右)シェアメディカル代表取締役 峯啓真:
2006年、株式会社QLifeの創業メンバーとして口コミ病院検索QLifeを始めとした同社のWebサービスの立ち上げに参画。『収益を生む制作チーム』をコンセプトとして、医療ビジネスを多く立ち上げる。2008年iPhone上陸と同時にスマートフォンの医療分野での親和性ををいち早く見いだし、添付文書Pro、医療ボードProなど医療アプリの事業化に成功。より臨床現場に近い医療サービス企画を目指し2014年、株式会社シェアメディカル創業。
(写真左)医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長 佐々木淳:
筑波大学医学専門学群、東京大学大学院博士課程卒業。三井記念病院、医療法人社団哲仁会 井口病院副院長等を経て、24時間対応の在宅総合診療を提供する医療法人社団悠翔会を設立。
技術的安全性と論理的安全性、医療の世界では両方求められる
編集部 『メディライン』が悠翔会に導入されたというニュース、もちろん大きく報道されましたが、以前から個人的にも知り合いのおふたりがコラボレーションしたと捉えています。今日はお二人が考える未来なども語っていただければと。まずは『メディライン』開発の動機など教えてください。
シェアメディカル 峯代表取締役(以下、峯) 「医療者だけのクローズドなコミュニケーションツールは、セキュリティ要件の高さや漏えい事故に対する過敏さというのがありなかなか広まっていませんでした。ただ医療者の間に強い需要があることは様々な方から相談を受けていたので分かっていました。まずはそこから始めたい、ソリューションを出したいというのが動機です」
編集部 『メディライン』のポイントはチャットというスタイルと堅牢性にあると思いますが、そのあたりはどのように考えられたのですか。
峯 「最初の構想は掲示板のようなものでしたが、チャットというスタイルは非常に直感的で使えると感じ、そのUIを採用し開発を進めました。セキュリティに関しては、医療の世界では技術的安全性と論理的安全性の両方が求められるのですが、前者においてはAES256Bit暗号を採用していること、後者においてはいわゆる3省4ガイドライン(※2) にすべて対応することで応えています」
(※2 3省4ガイドライン)電子カルテをはじめとした、電子化された医療情報をパブリッククラウドなどに外部保存する際に遵守する必要があるガイドライン。厚生労働省、経済産業省、総務省それぞれが合計4つのガイドラインを出していることから、総称として「3省4ガイドライン」と言われる。具体的には以下の4つ。
厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第5版」
総務省「ASP・SaaS 事業者が医療情報を 取り扱う際の安全管理に関するガイドライン 第 1.1 版 」
総務省「ASP・SaaS における 情報セキュリティ対策ガイドライン」
経済産業省「医療情報を受託管理する 情報処理事業者における安全管理ガイドライン」
医療法人社団悠翔会 佐々木理事長・診療部長(以下、佐々木) 「峯さんが起業し、『メディライン』を開発したことは知っていましたよ。なんでウチに持ってこないのかなとは思ってました(笑)」
編集部 峯さん、アプローチしなかったんですか?(笑)
峯 「正直言うと、反応を見てたんですよ(笑)先生がずいぶん前から、様々なSNS、メールを使っていて、それぞれのチャネルからいろんな情報が来るんだけど、どれがどこから来た情報なのか分からない、と仰っているのは知っていたんです。メディラインで解決できると思っていたのですが、(先生が)ご満足いただけるようなレベルになるまで完成度を上げて、満を持してという感じでご提案しました」
佐々木 「(情報共有ツールに何を使うか、というのは)実は悠翔会にはルールはなかったんです。実例でいうと、○○さん電話再診お願いしますね、といったような連絡がiPhoneのショートメッセージで来るとしますね。現実は私、たくさん来るので通知機能をオフにしてるんですよ。すると自分はすぐには気付かない。すると先生がどれで気付いてくれるか分からないから、メール、ショートメッセージ、Gmail、Facebook、様々なチャネルで同時多発に連絡するわけです。気付いたほうも同様で、同じ内容の連絡を様々なチャネルですることになるという状態(笑)。緊急だったら電話でいいんですが、中くらいの情報の扱いに問題がありまして。緊急性はそれほどでもないんだけど、確認はして欲しいなと思うと、「あのメール読んでくれましたか?」とメールを打つというような(笑)。そんなわけでまさに四六時中メッセージを送り合っているんですが、相当な量なので、だんだんとどれが重要なのかも分からなくなってくるんですよね。
だから交通整理をする必要を感じてはいました。どれかひとつ、これでやりますよといったんルールを決めれば、他のチャネルで連絡する必要がなくなりますしロスが減る。ですが既存のものだと、例えばLINEならPCを主に使う人は使えないし、関係者全員がすんなり使えるものがなかった。それでシェアメディカルさんのご提案を受けたかたちです。
要件として求めていたのはセキュリティと、関係者誰もが使えるということでしたが、それからグループ、カテゴリごとにしっかり共有できるという点もありました。やはり内容によって「これはクリニックの全スタッフ」「これはクリニックの全医療職」「これは法人の管理部門」など、共有をはからなければいけない内容と相手は違っていてしかも無数にあるので、伝えるべき相手だけにしっかり伝わるか?というのもすごく大事な点でした。」
峯 「やはり個人ベースのツールになってしまうと、リアルな人間関係がそのまま持ち込まれてしまうんですよ。人数が多くなればなるほどその傾向が強まり、いつの間にか○○さんには情報が伝わっていない、というケースが出てくる。そこはやはり専用の、仕事なのでこちらを使ってくださいという使い方が必要なのではないかという思いがありました。
その意味で、メディラインは発売当初から『組織導入型』とうたっています。機能は必要なもの以外は削りシンプルにした上で、『これをどんな風につかうか、組織でお考えください』と申し上げています。」
画像、動画、音声…情報は、診療スタイルで様々
情報共有の次は「生産性向上」
編集部 現在は情報共有ツールとしての位置づけですが、いずれにしろデータが集まってくると、エンジニアリングの世界としてはそれらを解析して、よい知見を取り出せないかと可能性を探りたくなると思います。そういった展望や、構想などはありますか。
峯 「メディラインはテキスト以外の画像、動画、音声も投入できます。ある導入施設では、テキストを打つ時間がないのか、ほとんどメモのキャプチャというケースもありますね。一方で、佐々木先生からは、在宅医療なりの情報共有のしかたというものもお聞きしています。同じ医療でも、環境によって使い方は本当に様々だなという実感はありますね。
データという意味では、受け持ち患者が多くなると、疾病管理という意味で課題があると感じています。関係者にお聞きすると、患者の異常を適切にアラートして欲しいという要望を多くいただきます。確かに共有ツール上に様々な職種が様々な情報を入れますが、実は医師が必要な情報は10のうち1つのみだったりするんですよ。もちろんそれは入力する必要がないという意味ではなく、データとしてはしっかり必要なんですが、だけど医師がカルテに書くのに必要な情報量はその程度なんです。今はどの情報も平等な状態で並んでいて、その時必要な情報を見つけ出すのも難しい。私がまず考えているのは、入力された情報に重みをつけ、峻別して、例えば医師向けにレコメンドしていくAIの構築でしょうか。ちなみに、メディラインはスレッドの情報を途中から入っても過去を辿れるので、患者さんの情報をそのように得ている医師の方もいらっしゃいますね」
編集部 データヘルスの事例としてはいくつか研究がはじまっていることはご存知かと思いますが、データのクレンジング、解析等に使えるようにするにはそれなりの手間が必要ですし、現状の研究ではその点で苦労しているという話も見聞きします。
峯 「私たちの考え方は、非定型のデータを定型に整えていくことです。いまは蓄積している段階ですが、いずれそれらのデータを解析することで、いま言われているAIのようにAIが診断するのではなく、医師の診断の手助けをする方向で考えたいですね」
佐々木 「メディラインで情報共有の問題が解決したあと、次に必要だと思っているのは、生産性向上に寄与するものですね。ここは経営者視点なんですが、在宅医療の世界は今後診療単価が下がっていくでしょう。すると医師が受け持つ患者さんの数を増やさないといけない。それが負担に感じてしまうような状況、環境にならないことが大切なのかなと。具体的には、いままで8人受け持っていて苦しいなという状況が、いまは12人ですが全然大丈夫です、といったようなことです。そのためのひとつの手段として、情報共有、記録、書類作成、こういった診療外のところの効率化。とくに情報共有の部分では、院内ではなく院外との情報共有、ここの効率化ももっと必要だなという感じはしています。
いま院外との情報共有の効率化を標榜したシステム、いくつかありますが、情報共有のための記録を新たにしなければならない、というのがネックかなと思っています。それともうひとつ、峯さんも仰ってましたが、多職種でどんどんデータを入れて山盛りになっていくと、今度はその中から本当に必要なものを探してくるのが困難になってくる。情報共有自体はしているけれど、この患者さんに対してはいまこれが必要、重要、といったところまでは共有しづらい部分もある。多職種ですから、言葉の壁、専門用語の壁、意識の壁、というのもある。そこにも課題はありますね」
峯 「今後私たちはサマリーエンジンというのを構築したいと考えているんです。ひとつはレセプト登録が楽になるような、それらに関連する項目を取り出してあげたりというサマリー。もうひとつはバイタルをサッと認識してまとめてグラフにしてくれるサマリー。これはデータに「血圧」という言葉があればこうせよ、みたいな処理ができれば可能なので、そんなにハードルは高くないかと思っています。あと先生が仰った言葉の壁はまさにその通りで、医師の言葉がヘルパーは理解できないとか、略語が分からないとか、実際にあります。それらをそのままで共有していても、理解できないわけですから、ストレスになったり生産性が上がらないという問題に繋がっていくのかなと」
ストックとフローの連携、ルーティーンを自動化へ
峯 「具体的に次に何ができるかと言うと、ストックとフローの連携ですね。悠翔会さんは、記録の蓄積、つまりストックの電子化という意味ではHOMIS(※3)を運用していらっしゃる。今回、私どもは情報共有、連絡の部分、いわばフローの電子化、効率化のお手伝いをさせていただくことになったわけで、これらを繋いでいくことですね。」
(※3 HOMIS…悠翔会のMS法人である在宅医療情報システムが開発運用しているクラウド型電子カルテシステム。協力医療機関に対する悠翔会の24時間サポートを行なう際の、患者情報の共有化手段として生まれた。今では悠翔会と協力医療機関が受け持つ患者約1万人以上のデータが常に登録/更新される、日本有数のクラウド電子カルテシステムとなっている)
佐々木 「次に考えているのは、業務の中でどんな種類の連絡が発生しているのかを分析し、それがどうやったら減らせるのかを考えられるのではないかと。ルーティンぽくなっているものは自動化できるよね、という判断もできて、より効率化ができます」
峯 「音声認識ツールを活用して、例えば留守電に入れるように口頭で話せば、メディラインにテキスト化されて投入されるようにできたらいいなと思い、いろいろ開発しています」
佐々木 「それいいですね。音声認識の話になると、認識精度が不安という人がいますけど、誤解がない程度のレベルなら問題ないと思いますよ。そもそも人間が手入力してても間違い起きますしね。というか、おそらく手入力の方が間違ってる(笑)」
峯 「(笑)エンジニアの人は意外とその辺怖がっちゃうんですよね。今求められるのはスピードなんだよ、と言ってます。大切なのは個々の言葉の認識じゃなく、認識した言葉を論理的に整理してテキスト化する方なので」
佐々木 「ウチの診療アシスタントは、医師が話したことを、いったん全部受け止めて、サマライズして書いてます。そういうところもできてくれれば嬉しいですね。
それからこれもあくまで希望ですが、いまは診察が終わって電子カルテ記載が完了すると、それはすなわち処方確定なので、薬局さんに連絡する必要があります。この部分を連携で自動化できたらいいですね。例えばHOMISで患者さんの診察と電子カルテ記載が終了すると、そのステータスが自動でメディラインの共有グループに流れ、薬局さんに自動で伝わるといったようなかたちです。前回処方と違う部分がさらにプッシュされるといいですね」
峯 「そこはむしろ自動化することでミスが少なくなるので、とてもいいと思いますね。そういう意味では、メディライン自体が通知をするということができればと思っています。いま話したのは電子カルテですが、例えば医療機器、酸素濃縮器のアラートといったものから今後はIoT機器も出てくると思いますので、それらからのアラートがメディラインに流れるなどですね。
そういえば2015年のHealth2.0で、そういうデモやりました。デモした機器、実は秋葉原でパーツ買ってきてチャチャっと作ったヤツなんです(笑)。IoTといっても高機能は要らないんですよね。ローレベルでも、繋いでデータを蓄積していくことはとても意味があると思うんです。例えば血圧でも、昔は水銀式以外で取った記録は参考程度にしかならないといわれていましたが、電子式が出てきて診察時以外の血圧が取れるようになったからこそ、白衣高血圧や仮面高血圧という問題が明らかになったわけです。今後はAIがあれば、後になってデータの有用性が発見されても遡って解析ができるので、まずは蓄積していくことが大事かなと」
AIは病は診られるけど、人は診られない
ナラティブな診療に寄与できるかどうか
編集部 メディライン導入を契機に、在宅医療の効率化、質の向上に向けておふたりが描いてらっしゃるイメージというのがお聞きできた気がします。最後、ICTがもたらす医療の未来について、お考えがあれば。
佐々木 「IoTとその機器から得られるデータ活用は、ケア領域における可能性はあるかなと感じています。例えばベッドや部屋などに様々なセンサーを取り付けて、血圧、体温、運動量、発汗量といったものまで常に取って、何らかのリスクが生じればイエローということで要注意、もっと悪くなれば看護師、医師に自動で連絡がいくといったような。家族に対しても、常に見守っていますよ、というアピールにもなる。実はこの間台湾に視察に行ったのですが、現地はすでにそうなってました。機器はすでにありますから、問題は、その人にとって適切なアラートが出せるかということですね。
その意味でいうと、在宅医療におけるIT、IoT、AIといったものの有用性は、結局はナラティブな診療に寄与できるかと、診療外のタスクの効率化に役立つかにかかっている。何でもアグリーというわけでは正直ないけれど、データを蓄積することの意味は、もしかするとこれから発見される可能性もあるのでしょうね。それをAIが解析して、有用なバイオマーカーを発見するというような。
それと、峯さんがさきほど仰った非定型を定型に、というのはキーですね。実際、ロキソニンの記載だけでも相当の揺れがありますから。カルテ見ると、ロキ、だけの人もいらっしゃるくらいで。類似のデータをきちんと名寄せしていくのは非常に意味がありますね。それから、処方だけでなく服用したかのデータもぜひ蓄積できたら。ちゃんと飲んだかというのは診療上非常に大事です」
峯 「仰る通りですね」
佐々木 「話が広がっちゃいますけど、データと在宅医療という意味でいうと、在宅医療のQuality Indicatorってないんですよ。当然ですが急性期医療は入院日数とか予後の延長とかかなり明確なんですが、いま現在この領域にはないんです。この状況の中で、在宅医療に対するそれを、データを活用して確立していくのはかなりハードルが高い気がしますね。なぜなら日本には、患者さんのすべてを俯瞰して判断する文化がないというか、制度として根付いていないから。そういう意味でいえば、患者さんに対してそういう視点でアドバイスするAIというのは可能性があるかもしれない。あなたにいま必要な検査は○○です、というような」
峯 「実際に事例もいくつか出てきていますものね。Kinectを使ったうつ病の診断といったものもありますし、東大医科研がIBM Watsonにデータを入れて成果も出ていますね」
佐々木 「効率化が極まれば、様々な疾病の診断はもちろん、全部とはいかないまでも、手技の部分も相当人の手を離れると思うんですよ。その時に医師しかできないこととして手元に残るのは、患者さんが事態を自分ごととして理解し、受け入れ、選択ができるようになるためのサポート。そこは絶対に代替できないと思います。流石に、機械に『あなたの余命は3カ月です。どうしますか』なんて、言われたくない」
峯 「AIの話になると私は必ず、AIは病は診られるけど人は診られない、と言うんです。最後はFaceToFaceで医師がやるようにしないと、残念な世界になってしまいますよね」
このふたりの会話は、決して雑談で終わることがない。いちど何かについての会話が始まれば次々と発想が繋がり、最後はなんらかのアイデアに結実していく。横で聞いていると、取材でありながら、濃密なブレインストーミングを間近で目撃したような、不思議な感覚におちいった。おそらく『メディライン』の導入はこのふたりにとって、医療の未来を目指すためのきっかけに過ぎないのだろう。そしてその未来は、在宅医療の生産性向上のメソッド構築にインパクトを与えるに違いない。