[コラム]Webの医療情報に空いた「穴」は、誰が埋めるのか?

 

Med IT Tech編集部の河田です。2017年もMed IT Techは、医療ITによるイノベーションを支援するメディアであるべく、積極的な情報提供を行なってまいります。具体的には独自取材を豊富に行い、時事に限らない「イノベーションのいま」をお伝えできるメディアでありたいと考えています。間もなくシリーズ企画を2本立ち上げる予定です。ご期待ください。

 

まだ「不良品」を駆逐しただけ

さて新年最初のコラムですが、Web上における信頼できる医療情報についてです。昨年「WELQ問題」を発端として多くのキュレーションサイトの欠陥が明らかになり、次々と非公開/閉鎖に追い込まれました。医療に関する情報だけでなく、様々な分野において「キュレーションではなくただの無断引用と剽窃」であったり「捏造と嘘」ばかりであったことが発覚した騒動でした。その意味ではWeb上の情報は、実は「汚染された情報だらけ」だったというわけです。特に医療情報に関しては、信頼できる情報かどうかを担保する仕組みがない、また事実上検索市場を独占しているGoogleのアルゴリズムでは、人間が評価する情報を上位表示できていないことを前回のコラムで指摘させていただき、当面の措置としての「Googleカスタム検索」の有用性を申し上げました。

しかしこれでは到底、根本的な解決にはなっていません。カスタム検索で検索を対象を絞ることは、そもそも検索対象外にしてしまったところにある、有用かもしれない現にあるコンテンツ、これから作られるかもしれないコンテンツを排除してしまいます。やはり検索アルゴリズムが人間の倫理観や評価基準に追いついてない以上、医療情報の信頼性を担保する別の指針が設けられ、尊重されるべきです。そしてそれに基づいて評価されるコンテンツが増え、検索アルゴリズムがそれに従っていくことが、正しい情報の構造化なのではないかと感じます。

今回はそのための議論の一助になればと思い、海外事例も含め信頼できる医療情報のあり方と指針づくりの取組みについてレポートできればと思います。

 

第一は「信頼できる機関」が情報をまとめること

人間が信頼性を評価するとき、やはり「誰が発信しているか」を大変重要視します。Googleも「Authority」を検索アルゴリズムに取り込んで、その分野で権威のあるサイトを抽出しようとしていると公表していますが(参考サイト)、Webの中で完結するような基準であり、しかも情報の中身、意味については一切評価していません。こういう情報を知ると、人手をかけずに評価するのはおそらく限界なのでは?と思います。医療情報に限っては、Webに限らず責任と権威を持つ公的機関が統合的な情報を提供するのがベストでしょう。

ここに大変参考になるアメリカとイギリスの事例があります。アメリカでは、以前、WELQ問題のようなあたかも公正中立な情報提供を装いながら、実は広告として特定の療法を提供する医療機関等へ誘導していたというサイトが問題となった経緯があり、それが契機となって、国立衛生研究所(NIH)がMedlinePLUSという情報提供サイトを始めました。

アメリカの国立衛生研究所が運営するMedlinePLUS

MedlinePLUSではそれぞれの疾患の情報だけでなく、ヘルスケアも含めた健康情報、処方薬やサプリメントの情報、代表的な治療法の動画(手術の動画もある!)、簡単な健康チェックのツールまで提供しています。「民業圧迫」なのかも知れませんが、間違った情報による健康被害を防ぐという意味で、統合的な情報を提供する端的な事例だと思います。

イギリスのNHS Choices

また、イギリスではNHS(国民保健サービス)が運営する「NHS Choices」というポータルサイトがあります。このサイトでは網羅的に整備された疾患情報、よい睡眠や禁煙のための有用なヘルスケア情報や分野別のニュースも得られます。それだけでなく、郵便番号から近くの医療機関を検索でき、家庭医の場合は診療予約までできてしまいます。医療情報を信頼できる機関が統合的に提供することで、利便性が高められる非常に参考になる例です。

 

対して日本は?

では日本での、公的機関による医療情報の提供の状況はどうでしょうか。結論から言えばまだまだと言わざるを得ません。分断かつ断片的な情報提供に留まってしまっており、疾患情報の提供は製薬会社のボランティアサイト「メルクマニュアル医学百科家庭版」に頼っている状況です。メルクマニュアルは信頼できる情報源ではあるのですが、日本に限って言えば、残念ながら情報の一部が日本ではそのままでは認められていない薬剤、療法が掲載されている(言葉もアメリカでの名称そのままのことがある)ので、完全とは言えません。

日本の公的機関では、がんに関しては「国立がん研究センター がん情報サービス」があり、難病に関しては「難病情報センター」、禁煙や生活習慣病などの健康情報に関しては「e-ヘルスネット」があります。ヘルスケアとがん、難病という、いわゆるエッジなものはあるのですが、真ん中の疾患情報に関しては、公的機関の情報提供としては完全に抜け落ちています。ある意味こういった現状であることが、日本においていわゆるキュレーションサイトの台頭を許してしまったのかも知れません。この真ん中の、もっともボリュームのある網羅的な疾患情報のサイトを公的機関が整備することが早急に求められると思います。

 

公的機関以外で信頼できる医療情報を担保するには

ここまでは公的機関が情報を整備する重要性を、海外事例を含めてご紹介してきました。もちろん、それ以外の団体、個人が有用な情報を提供できるケースは十分あるので、これだけで問題解決とはなりません。そのサイトの信頼性を、信頼できる第三者が認証する、あるいはガイドラインを作成公表し、それに沿ってサイトを作成する仕組みが有効だと思います。そういった取組みはすでに各国でも事例があります。

 

Health On the Net Foundationが認定する「HONcode」

Health On the Net Foundationは1997年に設立されたNPOで、国連経済社会理事会の認証を受けている組織です。Web上における医学/健康情報作成・提供に準拠すべき倫理基準を「HONcode」としてまとめており、国際的な運用を想定するもっとも古い倫理基準といえます。団体のWebサイトには「HONcode」の条文が34カ国語に翻訳されたものが閲覧可能で、もちろん日本語も見られます。このHONcodeは認証規格となっていて、条文を満たしているサイトは認証サイトを名乗ることが許されます。日本でも認証を取得したサイトがあるようです

アメリカ医師会が策定したガイドライン

アメリカ医師会(AMA)は1847年から活動しているレガシーな組織ですが、医師会自身がWebでの情報発信を積極的に行なっている経緯もあって、2000年3月の会報でガイドラインを発表しました。あくまでAMAが関与するWebサイトに関するガイドラインですが、第三者にも有効なものだとしています。

日本にもあった第三者の認証機関

実は日本にも、医師や弁護士、消費者団体の関係者が集まって自主基準を策定し、サイトの信頼性を認証する「日本インターネット医療協議会(JIMA)」というNPOがあります。「eヘルス倫理コード」という独自の自主基準を定め、これに準拠するサイトは申請によりトラストマークを付与され、サイトに掲示することができるとしています。

 

これらの規格やガイドラインは、日本においてはデファクトスタンダードといえるものではありません。そもそも医療情報は専門性がかなり強く、きちんと信頼性を査定するならば、分野によって信頼性を保証する手続きや査定する関係者もバラバラになることが容易に推測できます。認証を主とする組織であれば、そういった幅広い能力がその組織自体にあるのかも課題となるでしょう。また、特定の第三者機関だけに任せるのではなく、Webならではの特性も活かし、非特定(固定)の善意の第三者による「クラウド査定、認証」という仕組みの可能性も、透明性の観点から検討に値するものだと思います。

 

いずれにしろ今の日本のWebには、信頼できる疾患情報の領域には大きな穴が開いたままです。ビジネスとしてはコンテンツマーケティングの大チャンスとも言えますが、受益者の一般の方にとっては悲劇はまだ続いているとも言えます。この事態を如何に早く改善するかが、もしかするとほんのちょっと、日本の健康寿命の延伸に貢献できるかもしれません。何しろ、Webはすでにテレビに比肩する二大情報源なのですから