【畑中洋亮】1億総病人時代

 日本が世界一の長寿国になって久しい。男女とも平均寿命は80歳を越え、毎年統計を発表するWHO(世界保健機関)によると、2040年までその地位は揺るがないという。また、自立した生活ができているかで測る健康寿命についても、日本は長らくトップだった※1。 今はシンガポールに抜かれてしまったが、日本の高齢者は寿命を迎える約10年前までは、誰の世話にもならず自立して人生を楽しむことができている、とされている。

 しかしこれは、あくまで自立して暮らせるか、ということであり、その時まで病気やケガひとつせず健康体で暮らせる、という保証では決してない。健やかに生きられるかというQOL(Quality Of Life)の観点からは、「健康寿命」という漠とした概念ではなく、もう少し丁寧に現実を見る必要があるだろう。

ヒトは、ずっと健康のままで過ごし続けられるのか

 まず疾患に関する様々な統計から、日本人がどの程度、病気やケガを体験せずに暮らせるかを探ることとする。総覧している研究がないので、個々の統計から積み上げて考えてみたい。

最初に検討しなければならないのは「がん」だろう。

(国立がん研究センター がん情報サービス 最新がん統計より)

 国立がんセンターが毎年公表している「がん統計」の最新データによると、生涯における全てのがんの累積罹患リスクは男性62%、女性47%である※2

がん以外はどうか。

がん以外の生活習慣病では「糖尿病を強く疑われる者」の割合が男性18.1%、女性10.1% ※3。認知症をみてみる。東京医科歯科大学の朝田隆特任教授が筑波大学時代にまとめた研究によると※4、65歳以上の認知症有病率は平均15.7%だという(若年性認知症については10万人あたり29人のため、今回は考慮しない)。

さらに、最近激増しているのが、気分障害と言われる「うつ」、不安障害と言われる「パニック障害」といった精神疾患だ。2016年にまとめられた疫学研究によると ※5 、なんらかの精神疾患有病率は22.7%にも上る。

加えて、身体に異常をもたらすのは病気だけではない。不慮の事故による負傷もある。

最新の「救急救助の現況(平成30年)」によると、急病以外での搬送人数は2,109,890人となっている。すなわち、生涯で不慮の事故に遭う確率は約72,5%となる※6((1-2,109,890/126,706,000)で「1年間に事故にあわない確率」を出し、一生を80年と仮定し、「1年間に事故に遭わない確率」を1から引いて80乗する)。

交通事故だけではなく、加齢に伴う視力・運動能力の低下などから、高齢者の転倒事故による負傷も伸びている。例えば、高齢者の事故のうち8割強が転倒事故であり、そのうちで中等症以上の重い割合が85歳になると4割を越えてくる※7。転倒骨折による入院がきっかけで、介護や引きこもりが始まることが多いこともあり、その発症率は大変重要である。

 これらの統計は罹患率、有病率、負傷率など指標が違うため、このまま一緒くたに比較議論することはできないが、こうした代表的な傷病データを見てみると、1人の人生の中で、何らかの病気やケガをしないことが稀であることがわかる。

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自分のことだけではない ー 晩婚化、育児の中年化がもたらす「ダブルケア」

 ここまでは、自分が病気やケガを負う確率を考察してきた。しかし人間社会で生きている以上、本人以外で、親、パートナー、子ども、孫など、家族が病気やケガをした場合、当然寄り添いケアをすることも考えられる。家族だけでなく、近しい地域社会や職場での友人・同僚の場合も考慮すれば、さらに我々が病気やケガと関わる可能性は高まる。

 例えばさきほど出した「全がんにおける生涯の罹患リスク」を基礎に、子どもの自分が男性だった場合の、親とあわせて3人のうちで、誰かががんになる確率を計算すると、なんと92.3%になる(3人ともがんにならない確率、(1-0.62)*(1-0.62)*(1-0.47)=0.076532を1から引いた値)。

 筆者自身も子育て中だが、周りを見渡すと同年代30代後半、あるいは40代で子育てを始める世帯が急増している。この「育児の中年化」とも言える事象は、晩婚化による出産年齢の高齢化で起こっている。

 その結果、かつて育児が終わってから訪れたはずの親の介護が、子育てと同時期に発生する「ダブルケア」になる確率が高まった。平成28年度に内閣府がまとめた報告書※8によると、ダブルケアに直面しているのは平成24年度時点で25万人で、平均年齢40歳前後となっている。現在、初産年齢の平均は30歳を越えてきており、すなわち今後は子ども世代が子育てに入ると同時に、親が高齢者となることが常態化する。つまり特殊なケースどころか、むしろ当たり前になるということである。

独身、独居高齢者の増加

 もうひとつ取り上げたい数値がある。将来、日本は「独身世帯が全体の約40%になり、高齢世帯のうちの1人暮らしの割合も40%になる」という予測だ※9。グラフを見て分かるように、独居あるいは高齢者だけの世帯は、21世紀に入る直前から上昇傾向を辿り続けている。これまで家族のサポートが得られることが当たり前だった、経済社会の主体である国民像が大きく変化しているのだ。

(出典)2015年-2040年まで総務省統計局「国勢調査」2020年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)2018(平成30)年推計」(2018)、1995年−2010年までは1998年の調査より作成。(http://www.ipss.go.jp/pp-ajsetai/j/HPRJ2018/hprj2018_gaiyo_20180117.pdf
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Mainmenu.html

 まとめると、現代では、公衆衛生・医療技術の発展で我々の寿命が延伸した。同時に、子どもができれば、ダブルケアという負担も発生するし、子どもがいなくても、家族のサポートを受けられない人が増えている。そして、病人としての自分、あるいは病人である家族をケアするという体験に溢れていく。

まさに、「一億総病人時代」と呼ぶべき時代に突入したと言える。

病人に溢れる時代。

それを不幸だと捉えるのか、それでもなお健やかな生活が実現できると捉えるのか、その違いは大きい。

 筆者は、国民一人一人が病人である前提に立てば、病気や障害があっても、いかに 健やかに生きるか、そのQOLをどう高めるのかこそ重要だと考える。それはつまり、自宅、地域社会、職場など、人々の生活の中に医療とケアを内包させる必要があるということに他ならない。

 しかし、これは単に既存の医療機関や介護施設、福祉サービスを増やせという意味ではない。次回はその「処方箋」となりうるようなものについて、考察していきたいと思う。

参考文献・注釈

1:WHO(世界保健機関)World Health Statistics(世界保健統計)2018年版
2:国立がん研究センター「がん統計」https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
3:厚生労働省 国民健康・栄養調査(平成29年度) https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kenkou_eiyou_chousa.html
4:新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム 第19回 朝田構成員提出資料https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001kmqo-att/2r9852000001kxx1.pdf
5:精神疾患の有病率等に関する 大規模疫学調査研究: 世界精神保健日本調査セカンド http://wmhj2.jp/WMHJ2-2016R.pdf6:生涯で不慮の事故に遭う確率
以下の計算により導いた。
総務省消防庁『救急・救助の現況』(平成30年版)
https://www.fdma.go.jp/publication/rescue/items/kkkg_h30_hajimeni.pdf

こちらによると、平成29年度の救急・救助人数は573,8,664+57,664.=5,796,328。
このうち急病の搬送人数は 3,686,438なので引くと5,796,328 – 3,686,438 = 2,109,890
同じ平成29年度の日本総人口の推計値は 126,706,000 https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2017np/index.html

2,109,890/126,706,000=0.01665185548 1.66%

(1-2,109,890/126,706,000)で「1年間に事故にあわない確率」を出し、一生を80年と仮定し、「1年間に事故に遭わない確率」を1から引いて80乗する。

「1年間に事故にあわない確率」1-0.016=0.984

一生を80年と仮定し、「1年間に事故に遭わない確率」を1から引いて80乗する

0.984^80 = 0.2751

すなわち80年の中で事故に遭う確率は72.5%

7:救急搬送データからみる 日常生活事故の実態(東京消防庁、平成29年度)の7-8ページ
http://www.tfd.metro.tokyo.jp/lfe/topics/201810/nichijoujiko/data/all.pdf
8:内閣府「育児と介護のダブルケアの実態に関する調査報告書
http://www.gender.go.jp/research/kenkyu/wcare_research.html
9: 2015年まで総務省統計局「国勢調査」2020年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)2018(平成30)年推計」(2018) http://www.ipss.go.jp/pp-ajsetai/j/HPRJ2018/hprj2018_gaiyo_20180117.pdf

寄稿:畑中洋亮(はたなか・ようすけ)氏
慶應義塾大学理工学部化学科卒。東京大学医科学研究所で遺伝子医学に従事、生命科学修了。2008年 Apple Japan へ入社、iPhone日本法人市場開拓を担当。ICTによる現場から医療構造改革を目指す「Team医療3.0」を結成、ソフトバンク孫社長との対談が書籍化。2010年福岡のITベンチャー アイキューブドシステムズへ転籍、同社取締役就任。日本最大モバイルセキュリティサービスになった「CLOMO」事業を立ち上げた。また、公園などパブリックスペース向け遊具やベンチの老舗メーカー コトブキの役員就任。 その後、企業経営を続けながら、2016年 東京慈恵医科大学後期博士課程に進学、慈恵医大のiPhone導入支援に加え、高尾洋之准教授らとJoin、ケアワーカー向けのシステムなど研究・事業開発も進めている。

株式会社コトブキ 取締役
東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究部 後期博士課程
国立大学法人 佐賀大学医学部 非常勤講師
神戸市立神戸アイセンター病院 客員研究員