MRI検査10分+AIによる判定、新しいうつ病診断法の可能性示す
広島大学、国際電気通信基礎技術研究所(ATR) ATR脳情報通信総合研究所らの研究グループは、安静時に撮像された機能的磁気共鳴画像(fMRI)データを基にうつ病を判別する方法の開発に成功したと発表した。同時に、既存の抗うつ薬でも効果が見られない病態も発見したとしている。
中核症状を絞り、AIで診断アルゴリズムを開発
発表したのは、広島大学の岡本泰昌教授、市川奈穂特任助教、国際電気通信基礎技術研究所(ATR) ATR脳情報通信総合研究所、量子科学技術研究開発機構(QST)、 昭和大学、慶應大学、京都大学、東京大学の研究グループ。現代病とも言えるうつ病は、抑うつ気分と意欲減退、焦燥感や不眠、食欲低下などのさまざまな臨床症状より構成された幅広い症候群だが、診断において、症候学的に異種性の高いとされるうつ病全体を対象にバイオマーカーを作成した場合、これまで低い判別率に留まっている。また治療主体である薬物療法においても、抗うつ薬の効果発現は必ずしも十分でなく、効果発現までに時間がかかることが知られている。そのため、うつ病の新たな治療法開発のための病態や抗うつ薬のメカニズムの解明が求められている。
研究チームは今回、うつ病の様々なサブタイプの中で、生物学的均質性が高い一群として知られる「メランコリア特徴」を伴うものに絞り、精度の高いバイオマーカーの開発を試みた。精神疾患簡易構造化面接法(MINI)※1により判定したうつ病患者92名と年齢性別を合わせた健常者92名のうち、 メランコリア特徴を伴ううつ病65名と健常者65名の計130名の安静時脳機能結合データ※2を対象として、人工知能(AI)、 複数の機械学習アルゴリズム※3を適用した。
具体的には被験者の脳機能活動を、3テスラのMRI装置により約10分間撮像。画像解析は、脳溝アトラスに従って全脳137領域から時系列データを抽出し、時系列相関をまとめた相関行列データ(9316の特徴量)を個人毎に作成した。このようにして全脳より得た脳機能結合から、10個の脳機能結合をメランコリア特徴を伴ううつ病バイオマーカーとして抽出することに成功した。
このバイオマーカーを用い、メランコリア特徴を伴ううつ病の判定について検証を行なったところ、判別率84% (AUC 0.91)※4と高い精度で判別できたという。 もちろん、異なる施設の独立したデータセットでも有意な判別精度(汎化性能)を示している。
既存薬が効かない病態が存在することを発見
さらに、治療開始後6-8週に再撮像を行った一部の症例において、抗うつ薬である選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の治療による変化についての検討したところ、10個の脳機能結合のうち、変化がみられない結合(左背外側前頭前野と後部帯状回/楔前部の機能結合)が存在することが明らかになった。
研究チームは、10分間のMRI検査によりうつ病の中核群の判定ができることが分かったとしているほか、今回発見された、抗うつ薬による変化がみられない脳機能結合を標的とした新しいうつ病の治療法開発も期待されるとしている。なおこの研究成果は、2020年2月26日に「Scientific Reports」に掲載された。
※1 精神疾患簡易構造化面接法(MINI):精神障害の診断のための短時間で施行可能な構造化面接。標準化された質問項目を用い、約15分程度で実施可能。
※2 安静時脳機能結合:脳は安静状態にあっても自発的な活動を行っている。これを機能的MRIで計測すると、脳活動状態を表す信号値(BOLD信号値)が時間の経過とともにゆらぐ現象として観察される。今回、その長周期成分(周期10秒以上)に着目してうつ病に特徴的な時間的変動の検出を目指した。脳機能結合は、空間的に隔たっている脳領域どうしの活動パターンの同期関係(類似度)を表すもの。脳活動を反映するMRI信号(BOLD信号)の時間的変動の相関係数から評価を行った。相関係数は、2領域間の脳活動の類似性が高い(=同時に高め合ったり低め合ったりする)と1に近い値に、互いを抑制しあう関係では(一方の活動性が高いとき、他方の活動性が低いなど)-1に近い値に、互いに関連しないとき0に近い値を取る。本研究では、137個の各脳部位から信号波形を取り出し、全ての脳部位ペア(9,316個=137×136÷2)について相関係数を求めることで、個人の全脳にわたる機能的結合情報を含んだ脳の機能的回路図を得た。それぞれの要素が-1から1の間の値を取る、9,730次元のベクトルを人工知能技術で(メランコリア特徴を伴う)うつ病か否かの2つのクラスに分類する。
※3 機械学習アルゴリズム:特徴量の絞り込みを効率よく行うアルゴリズムとして、正則化スパース正準相関分析(L1-regularized sparse canonical correlation analysis: L1-SCCA)とスパースロジスティック回帰(sparse logistic regression: SLR)という2つの方法を組み合わせる革新的人工知能技術を開発し、過学習が起こりにくい工夫を加えながら、内部・外部双方のデータについて高い精度が得られる判別器の開発が可能となった。この研究チームは、この基盤技術を用いはすでに自閉症のバイオマーカーを開発している (Yahata et al., A small number of abnormal brain connections predicts adult autism spectrum disorder, Nature communications 2016)
※4 AUC:Area under the receiver-operator curveの頭文字をとってAUCと略したもの。疾患群・健常群などの2値分類を行う手法の精度を評価する指標。0~1の値をとり、1に近づけば近づくほど優れた分類方法であることを表す。0.9~1.0は高精度、0.7~0.9は中程度、0.5~0.7は性能が低いとされる。