デンマークの高齢者ケアが示すもの②

REPORTオーデンセ,コペンハーゲン,デンマーク,医療IT,認知症,高齢者

コペンハーゲン市内にある現代美術館の中庭
コペンハーゲン市内にある現代美術館の中庭

前回に引き続き、デンマークの高齢者ケアについて、現地で見た雑感をお伝えします。

ノーマライゼーションの哲学を可能な限り現場へ落とし込む努力

各居室以外にも、随所に「利用者のこれまでの生活を少しでも維持しよう」という工夫が見られます。共有スペースにおける「ケア」や、接遇においてもそうでした。
施設で供される食事

こちらは、比較的重度の認知症の方が過ごすスペースで供されるお食事です。ごく普通のものですが、これを職員が食べさせることは基本的にはなく、利用者ご自身がナイフ、フォークを使って召し上がるそうです。利用者の状況が軽度ではないことから、日本ではあまり考えられないことと思います。このことについては、施設管理者の方にも少しお考えを伺うことができました。

施設管理者

施設管理者の方にお話を伺いました。オーデンセ市の中ではこのような専門施設は特殊な部類であり、市内にこちらの施設を含め2カ所しかないとのこと。やはりメインは小規模なケアハウス(市内には3,000近くあるそうです。なお人口は18万弱)、あるいはご自宅でのケアであり、必要な医療介護サービスは訪問診療、訪問介護のかたちで提供されているそうです。

さきほどの食事などのことも含め、認知症の方への医療、ケアについてもお考えをうかがいました。医療については基本的に投薬は最小限であり、残存能力を活かした生活を送っていただくことが本義であるということでした。「哲学」といったような言葉もここで聞かれました。ケアについても同様で、できるだけ普段の生活、したいことをしてもらうことが目的。ナイフやフォークを使うのはそのためには当然といったお考えでした。日本ではまだまだ見られない考えであり、これと同じ思想で施設を運営する方々は、神奈川県藤沢市にある「あおいけあ」(加藤忠相代表)など少数派です。運営者にとっては、施設維持や職員の安全も考えるとなかなか踏み切れないものがあるかと思われますが、こちらの施設で見られた利用者の方の笑顔を見ると(お顔なので撮影は控えています)、どんどん取り入れてもらいたいと感じました。

ただこちらは専門施設であり、重度の方も入居してケアを受けています。さすがに危険が及ぶ可能性があるので、その区域は施設の中でも区分けされており、区域内の見学はできませんでした。しかし隔離、といったものではまったくありませんでした。

the-park

こちらがその区域内へ向かう回廊から撮った中庭です。左側が軽度から中等度の方が入る棟、右側に少し見えるのが重度の方が入居する棟です。隔離のためのスペースではなく、とても美しい庭園に仕立てられています。

the-ladder

そしてこちらが、その回廊の先にある重度の方が入居する棟の入口。階段の先は施錠されているそうですが、中の入居者が区域外へ出て来られないようにするための設計は、施錠以外はこの階段だけです。私はこれが、デンマークの高齢者ケア、認知症ケアにおける象徴的な設えだと感じました。どんな状態にあっても、できるだけその人の生活を守るように、普段の生活シーンから隔絶させない。やむを得ない場合でも、それを徹底して貫く。その意思を見せていただいた気がしました。

施設におけるICT活用の状況は?

実はこのケアセンターを紹介された経緯は、デンマークにおける医療ICT活用の状況がよく分かるから、ということだったのですが、うかがってみると想像したよりは導入されていませんでした。ただ実験的な試みは、日本と違い予算を豊富に持つ自治体だけの決断で行なえるようになっていて、各居室に別々の実験的プロダクトを導入して検証することもあるそうです。写真には撮りませんでしたが、うかがった日には、天井にLEDを多く配置し光らせ、寝そべっていることが多い利用者の反応を呼び起こそうとするプロダクトも置かれていました。正直言うと実効性においてどうだろうというものでしたが、実証実験のしやすさは、日本とは天と地の差があると感じました。

その中で、目新しさはあまりなかったものの、運用において面白いと思いましたので、こちらの動画をシェアさせていただきます。

このケアセンターでは、各居室にこのような大型タブレット(テレビではありません)が壁に掛けられ、ケアのために部屋を訪れる専門職が、他の職の方がケアができたか、その時の様子がどうだったかその場で確認できるようにしてありました(入力は、ケア終了後に各職員が持つ端末で行なうようです)。ケアを始める前に、そのお部屋で申し送りを受けるという感覚で、多くの場所を訪問する専門職の方がいい意味で切替えしやすいなと思いました。

なおこの画面にはその入居者に対するケアのスケジュールが掲示されており、それに沿って専門職が訪れてケアを行なうという流れにはなっていますが、ご本人の状況や希望によりいくらでも変わる(変える)とのこと。ここにもご本人の意思決定を大切にする思想を見ることができます。

【お知らせ】

デンマーク第2の都市、オーフスにおける福祉技術政策を、現場担当者が来日して語るデンマーク大使館主催のセミナーが11/30に開催されます。弊媒体でも取材予定ですが、直接政策担当者とお話できる機会はなかなかありませんので、ご都合の合う方はお越しになってみてはいかがでしょうか。当日参加もOKとのことです。詳しくはこちらをご覧ください。

【デンマーク大使館主催】デンマーク・スマートオーフスにおける福祉技術セミナー

関連記事