短期間のデータでアルツハイマー病の進行予測が可能なAIを開発 東京科学大学ら
東京科学大学、国立長寿医療研究センターらの研究チームが、短期間の認知機能データで長期的な認知機能変化を予測できるAI(人工知能)を開発したと発表した。日米の大規模データベースを活用した検証で、予測精度を確認したとしている。
既存のテストと比較し誤差10%以内と確認
アルツハイマー病(Alzheimer’s Disease; AD)は、長期にわたる認知機能低下を特徴とする神経変性疾患であり、発症前の早期介入が進行を遅らせる可能性がある。しかし健常な人の認知機能を20~30年にわたって追跡することは困難であるため、2~3年の短期間データから長期的な変化を予測する手法が求められている。
この課題に対し、東京科学大学大学院医歯学総合研究科 臨床統計学分野の佐藤宏征講師、花澤遼一大学院生、平川晃弘教授らの研究チームは、国立長寿医療研究センターの鈴木啓介センター長、名古屋大学の橋詰淳講師と共同で、短期間の認知機能テストデータをもとに予測モデルを構築し、長期的な認知機能の変化を予測するAIアルゴリズム「Self-Organized Longitudinal Prediction-Classification-Superposition(SOLPCS、ソルピクス)」を開発した。疾患進行パターンを分類し、それに基づいた予測を行うとともに、個人の認知機能テストの実測データを重ね合わせることで、より精度の高い個別化予測を可能にしているという。

研究チームは開発した予測モデルの精度を検証するため、ADNI研究※1およびJ-ADNI研究※2におけるアミロイドβ(Aβ)陽性集団を対象に解析を試みた。結果、SOLPCSは各認知機能テストにおいて最大値の約10%以内の誤差(MMSE:3点以内、CDR-SOB:1.8点以内、ADAS-Cog:8.5点以内)で長期的な認知機能の変化を予測できることが確認され、臨床応用の可能性が示されたという。
また研究チームは、SOLPCSを用いてアルツハイマー型認知症のリスク因子を解析し、APOE(アポリポプロテインE)ε4遺伝子※3がアルツハイマー型認知症発症および進行に与える影響も評価した。検証したところ、Aβ陽性かつAPOE ε4陽性の軽度認知障害(MCI)の集団は、Aβ陽性・APOE ε4陰性の方よりもアルツハイマー型認知症発症が有意に早いことが明らかとなった。なおAPOE ε4遺伝子がアルツハイマー型認知症の進行に与える影響についても解析を行ったところ、既存のシステマティックレビューの結果と一致した。
研究チームはSOLPCSの意義について、高額かつ高度な医療データを必要とせず、一般の医療機関や定期健康診断の場でも長期的な認知機能の変化を評価できる可能性を広げると指摘している。さらに、認知症の発症や進行に関連するリスク因子を特定し、個別に適した予防策の提案が可能になるとも示唆した。例えば、生活習慣の改善(運動・食生活の見直し・脳トレなど)を通じて、リスクの高い人への早期介入が実現し、社会全体の認知症予防に貢献すると期待できるとした。
より手軽な認知症リスク評価システムの展開も示唆

研究チームは、この研究成果を発展させ、スマートフォンやタブレットを活用したセルフ認知機能テストとSOLPCSと組み合わせた、より手軽な認知症リスク評価システムの開発へも視野を広げている。具体的には、スマートフォン上で認知機能テストを行い、そのデータをSOLPCSに入力することで、個人ごとの長期的な認知機能変化を予測するAIアプリを開発するという。このアプリは、予測結果に基づいた個別の認知症予防策(食事・運動・脳トレ等)を提案し、ユーザーの行動変容を促すことを目指す。さらに、自治体や企業の健康増進プログラムと連携し、地域全体での認知症予防に活用することも可能だとしている。
※1 Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative (ADNI):アルツハイマー病の進行に関するデータを収集・提供する、米国の大規模な研究プロジェクト。脳画像、認知機能検査、バイオマーカーなどのデータを蓄積している。
※2 Japanese ADNI (J-ADNI):日本版ADNIで、日本国内のアルツハイマー病研究のために収集されたデータベース。ADの早期診断技術の開発や病態解明を目的としている。
※3 APOE(アポリポプロテインE)ε4遺伝子:アルツハイマー病の発症リスクを高める遺伝的要因の一つ。