[the unexplored]#2-AEDで命を救うICT、いま走り出す
突然の心停止に、適切な除細動を行うことで蘇生率を高めるAED(自動体外式除細動器)が販売され、街中の様々な施設に設置され始めてから10年以上が経つ。今や設置台数は60万台弱※1 に近づき、現在地の近くにあるAEDを検索、表示するサービスも普及しつつある。実際にAEDを街中で見ることも多くなった。一見、突然の心停止で倒れた人を救護する体制は整ってきたかのように感じられる。しかし、考えてみると、医療関係者ではない、救護訓練も受けていない市民が、AEDを使うべき事態に遭遇したとき、どのようにAEDを取扱い倒れた人にどう対応するか、理解できているだろうか。
「倒れた人を見かけたら、近くのAEDを持ってきて使えば良い」という回答は、間違ってはいないが、実は正しくもない。
まずは心停止かを速やかに判断し、心臓マッサージなどを行いながら、同時にできるだけ早くAEDを持ち込み「除細動」を行う。また、もちろん並行して救急隊を要請しておき、到着すれば引き渡す。一般に、救急車が現場に到着するまでは平均8.6分とされる一方、心停止の傷病者に何もしなかった場合、1分ごとに約10%生存率が低下していくといわれる。発見したら即座に処置を開始し、AEDも使って蘇生を試みながら救護隊を待つ。いわゆる「CPR」※2と呼ばれている、この一連の救護のフローの中でAEDを活かすことで、救命率が格段に上がるのだ。
※1 平成28年度厚生労働科学研究費補助金研究報告書「心臓突然死の生命予後・機能予後を改善させるための一般市民によるAEDの有効活用に関する研究」(研究代表者:坂本哲也 帝京大学救急医学講座教授)より推計
※2 cardiopulmonary resuscitation
AEDの普及台数、約60万台。しかし活用率、わずか8%
この壁に挑戦するのは、起業3年のベンチャー企業
だがAEDの普及につれ、正比例して活用率が高まっているかというと、残念ながらそうなってはいない。毎年発表される消防庁の統計「救急救助の現況」の平成28年度版では、一般市民が目撃した心原性心肺機能停止傷病者数24,496人に対し、一般市民が心肺蘇生を実施した傷病者数は13,672人で、55%強の傷病者が市民から心肺蘇生措置を受けているものの、そのうちAEDを活用し除細動を受けた傷病者は1,103人。割合にしてわずか8%強なのである。この現状は、傷病者の予後、社会復帰にも大きな影響を及ぼす。市民から蘇生措置を受けた傷病者全体の1ヶ月後生存率、1ヶ月後の社会復帰率はそれぞれ16.1%、11.7%に対し、そのうちAEDで除細動を受けた傷病者については、母数がかなり減るものの1ヶ月後生存率は54%、1ヶ月後社会復帰率は46/1%と驚くべき向上がみられるのだ。AEDを適切なフローの中で活用していくことは、救命率を高める必須の手段とさえ言えるだろう。
近年、この問題に焦点を当て、ICTの力で救命率を上げることを目指し注目される日本のベンチャーがある。Co(共に)+aid(救助)+do(する)という社名に想いを込め活動する「Coaido」だ。2013年8月に現代表取締役CEOの玄正慎氏が、あるハッカソンで「アプリで心停止情報を発信し共有すること」を着想し優勝したことからこのプロジェクトは始まった。救急救命という非常にミッションクリティカルな領域での大胆なチャレンジと、スマートな手法の発見は当初から大きな注目を浴び、多くのスタートアップ系のイベントをまさに席巻。資金面でもクラウドファンディングでの調達やMistletoe株式会社からの支援も早くから獲得し、官公庁、自治体関係者にも支援事業や実証実験に複数回採択された。
各自治体での実証実験からのフィードバックなどを得て、アプリの機能も大きく成長した。最終的には傷病者の発見後、起動すれば通報と、付近のAEDアプリの受信登録をしている医療有資格者や救命講習受講者、AED設置者にSOS信号を発信。さらに事前に登録したAED設置施設に自動電話がかかる「AEDエリアコール®」も実装した。傷病者を発見した一般市民が、マルチタスクが求められる救命救急のフローを適切に実行するのを強力に手助けする、非常に実用度の高いアプリに昇華したのだ。
2017年、ついに社会実装へ「人口密度日本一」豊島区の中心は、新しい救急救命の中心に
2017年は、これまで受賞や事業採択を重ねてきていたCoaidoにとっても、大きな転換点となった。2017年3月に経済産業省主催の「第3回 IoT Lab Selection」グランプリ、6月にIPA(情報処理推進機構)の「第3回 先進的IoTプロジェクト支援事業」に相次いで受賞・採択されたのだ。どちらも社会実装に向けての事業支援をメニューに含むもので、実は以前から豊島区と共創について検討していたCoaidoは、採択された当初から豊島区での実証実験、社会実装を視野に入れていたという。
豊島区は、区全体の人口密度が日本一であることも知られる。またターミナル駅の池袋駅の一日の推計利用者数も約262万人(乗り入れ全線の推計を合計、2015年)であり、このエリアで心停止に見舞われる傷病者の数も、他都市に比較して多いものと類推できる。AEDの設置密度も高い。世界的にみても多くの人達が行き交うこのエリアでの救命率を高めたいと、Coaidoと豊島区は共同で、IPAの委託事業として2018年1月末にかけ、アプリ「Coaido119」の正式リリースを通じクローズドの実証実験であるフェーズ1、その後アプリをアップデートし、一般にもアプリの登録を開放するフェーズ2を、8月末から展開中だ。8月28日のフェーズ1のスタートを切る導入説明会は、「アプリの説明」にとどまらない、真に適切な救急救命フローを参加者と共有・体験してもらう体験型のワークショップとなっていた。
このワークショップに、Coaidoの想いが投影されていた。それは、自らがリリースするアプリの浸透を図るだけでなく、彼らが作り上げようとする「AEDを真に活用できる救急救命のモデル」を広め、救命率、社会復帰率の上昇という社会課題の解決を目指したいという想いそのものだ。イベントの終了後、Coaido社会実装責任者の小澤貴裕氏、代表取締役CEOの玄正慎氏に話を聞いた。
ライバルだった2人が、同じ夢を追う
豊島区とも、共創のきっかけはタイミング
(編集部)小澤さんは以前から救急救命の場にテクノロジー、特にドローンを中心としたIoTを投入する活動をされているというイメージがありますが、この事業に取り組む狙いといったものは。
(小澤氏)まずはしっかりと救うモデルを、都市部から作りたいと思っていまして、GPSの位置情報を送付できること、固定電話に発信できるという部分は、都市でも、地方でも使えると思っています。それを使って、近いところならば人が助けに行く。遠いところならばドローンが飛んでいく。あと今日(ワークショップをやってみて)わかったところは、このアプリは動画で現場の状況を伝えたりできるところが、やっぱり他にはないところだなと思いましたね。
(編集部)なるほど、人が行けるところ、行けないところという区分けをするとすれば、(人が密集していて)人が救いに行ける都市でのモデルをまず考えたということですね。
(小澤氏)池袋は1年間におよそ9億人もの利用者がいます。社会実装の場としては最適じゃないかなと思っていました。(これから社会実装への試みが始まりますが)あと考えているのが、この試みが、都市部におけるコミュニティ復活のきっかけにもなったらいいなと考えています。昔「村八分」という言葉がありましたが、いまは冠婚葬祭の残り二分すらしなくなっているなあと思っていて、そこを変えられたらと。
(編集部)不勉強で申し訳ありません。小澤さんがこちらにジョインされているとは存じ上げませんでした。
(小澤氏)玄正氏とはライバルです(笑)
(編集部)さきほど小澤さんにお話をお聞きしたのですが、一緒にすることになった経緯などを。
(玄正氏)小澤さんとは、孫泰蔵さんのMistletoe株式会社から支援を受けたとき、同じようなことをしている人がいるから紹介するよ、と引き合わせてくれたのが始まりなんですね。ほとんど言っていることが同じだなと思って、一緒にやりましょうとお誘いしました。
(編集部)豊島区との出会いはどういった経緯だったのでしょうか。
(玄正氏)引き合わせてくださった豊島区の議員さんがいて、1年くらい前に豊島区の担当部局と繋がりました。実は私たちとの話とは関係なく、豊島区はコンビニにAEDを設置する事業をちょうどその時進めていたところだったんですね。コンビニにおいたAEDの活用度を高める、ということになるしぜひ一緒にやりましょう、となったんです。豊島区内でやるならば、人口密度もAEDの設置密度も高い池袋がいいと考えていたところ、IPAの事業のことを知り応募しましょうと。(共創することになったのは)タイミングもありましたね。
置いてあるAEDの活用度が上がらない要因として、AEDが置いてはあるけれど、情報共有が進んでいなくて、いざ必要だ、と消防隊の方とかが持っていこうとしたときに拒否されるケースもあったと聞いています。AEDエリアコール®はその機器の意義や使い方がわかっている登録者に、近くで必要な事態が起きていることを知らせることができるので、登録者が現場に向かうこともできるほか、AEDを借りに誰かが来たときも、受け渡しに齟齬が起きないというのがメリットだと思います。
(編集部)今日を皮切りに社会実装を進めていくとのことですが、今後重視していることなどは。
(玄正氏)今後はCPRの話も含めて、啓発機会を増やしていきたいと考えています。水面下で動いているところなのでまだ詳細は言えませんが、画期的な啓発方法を考えていますよ。
豊島区との共創は、11月1日を機にさらに一段ステージが上がる。お話を聞いた8月下旬は、先行利用者番号を取得した関係者(豊島区内のみ)を登録対象としたクローズドな実験だったが、11月1日にアプリがバージョンアップされ、登録対象も東京神奈川千葉埼玉の4都県へと拡大する。取材した説明会と同様のイベントを、10月31日にも開催予定だ。
最初は玄正氏ひとりの夢だったものが、同じ夢を見る小澤氏と出会い、さらに同じ夢を見る自治体とも繋がって、どんどん大きくなり始めた。この実証事業を通じて賛同者が増えれば、その夢は地域の夢となり、そして日本の夢へと広がっていくだろう。その時、救命率を上げるという「みんなの夢」は、おのずと現実化しているに違いない。